実録 026-METAL 日記後の四日間(その3)その2へ

丹野賢一

10月9日(土)本番2日目。
否、本番2日目である筈であった日。
今日の直撃が心配されていた台風は進路を逸らしているようだ。大した風も吹いていないし、雨も降っていない。

朝から、さきら館内の展示室(ここは私達の資料の展示及び控え室として会期中使用している場所)で、話し合いを開始。
さきら側からは、プロデューサーの山本達也氏、事務長・谷口誠一氏、係長・吉川素子氏が出席、私達はこの時間に来る事が出来た公募スタッフを含めた20人以上が列席する。
内容に進展は全くない。昨日と同じく、近隣に話に行きたいと言えば、台風が来ているからと言い、今台風は来ていないではないか言えば、苦情の問題がと言う堂々回りからの脱却の兆しは見えない。
この日、さきら側を代表してその殆どを喋っているのは、係長の吉川氏だ。
我々と4年前から公演の実現に向け動いてきた、私達を招聘したプロデューサーである山本氏は、この所話し合いの席上では殆ど言葉を発しなくなってきている。
新聞社廻りをした際、「今回の企画は挑戦であり、苦情が来る事は寧ろ歓迎な位である。」とのような強気な発言を繰り返していた姿は最早微塵も無くなっている。
吉川氏はのらりくらりと我々の提案や質問をかわし、ひたすら言質を取られないようにする物言いに終止している。
「さきら内部の会議決定」から逸れないように、変更が生まれないようにという意識だろうと思える。
私達だって、彼女に決定権が無い事などわかっている。
それでも提案や質問に対し一切まともに向き合う事無く、かわすだけの反応をされている事を、容認出来る筈は無い。
何度も言うが、今回の「026-METAL」という企画は、私達が場所だけを借りて一方的に行っている企画ではなく、私達とさきらの双方が合意して進めてきたものなのだ。
今、人と人とが話をしている事、問題に偽りなく向かい合って欲しい事、この私達の誰一人を納得させられないような誠意無き説明の態度は、若しかしたら近隣住民に対するこれまでのさきらの姿勢と同じではないのかという疑念、我々自身が近隣に説明に行きたいという希望を何故そこまで断り続けるのか、それらを彼女に訴える。
もう1時間は軽く過ぎていたであろう。ようやく吉川氏の態度が大きな変化を見せる。
涙を流して「すみませんでした。」と謝罪の言葉を発する。私が初めて聞いた、さきら側の人間の謝罪の言葉と、個人としての気持ちであった。
吉川氏は、我々の近隣住民へ直接説明に行きたいという提案を理解してくれる。
ただ、彼女にはその決定権は無い。実質的なさきらのトップである、理事長の中野友秋氏に直談判をしに行く事となった。

理事長室へ約20人の赤いツナギ姿のスタッフ全員が向かう。
理事長の中野氏との話し合いが始まる。
この話し合いはこれまでに輪を掛けて惨いものだった。
昨日から何度も繰り返されている、苦情の問題と台風の問題を、その都度掏り替える手口で話に真摯に向き合わない姿勢はこのトップとの話し合いでも同じように繰り返される。
更に今日の公演を観に来ようとされている観客の方々に対し、どう考えているのか?という質問に対し、信じられない返答が理事長の中野氏から出る。
「そんなもの帰しゃいいんですよ。イベントの中止なんて珍しい事じゃないんだから。」
「そんなもの」これが、さきらのトップのアートに対する、アートの観客に対する考え方なのだ。
アートになど関心も興味も無い、ただたまたま回ってきた仕事としてその役職についているだけ。
全てとは言わないが、そんなトップが牛耳っている公共ホールはさきらに止まらないだろう。
「一日は(本番が)出来るのだからいいじゃないか。」
これも中野氏の発言だ。
舞台が一期一会の関係のものである事、今日観れなかった方々が明日必ずしも来れる訳では無い事などまるで理解しようとはしない。
係長の吉川氏が中野氏に進言する。
「これだけ言っているのですから、近隣へ説明に行くだけはして貰ってもよいのではないですか?」
「お前は黙ってろ!」中野氏は吉川氏を怒鳴りつける。
さきら内部の人間関係が露になった瞬間だった。ここでは人の意見を聞くとか、共に思考し合うという、当たり前の関係がきっと無いんだ。
さきらには山本氏以外にもプロデューサーや職員が当然いる。僕らは彼らが、派遣されてきた舞台設営のアルバイトの人達に対し、まるで奴隷を扱うような口調で接しているのを期間中何度も見てきて、ずっと違和感を感じていた。
しかし、この理事長・中野氏の今の態度を見、何ら反論しない吉川氏の反応をみれば、この異常な人間関係はさきらでは当然のようにまかり通ってきた事なのであろう。

埒が明かない状態の中、私達は全員で手分けしてでも一軒一軒回る事を伝える。
勿論、中野氏は「勝手な事をするな。」と一蹴する。
それでも粘りに粘る中、理事長・中野氏と事務長・谷口氏が二人で、近隣マンションの自治会に再度行く事という話となる。
当然、私達のスタッフの同行を求めるが、拒否される。担当プロデューサーの山本氏の同行に関しても同様だ。
まずは、中野氏と谷口氏がマンションの自治会に行き、私達のスタッフが行って良いかを聞いてくるという案を彼等は譲らなかった。

中野氏と谷口氏が戻ってくる。私達がマンションの自治会に直接話に行く事が了承されたとの事だ。但し、条件があった。
自治会に赴くのは、NUMBERING MACHINEのアーティストマネージャーである松本美波のみというものだ。
こうして、中野氏、谷口氏、山本氏に加えNUMBERING MACHINE側から松本を加え、四人がマンションの自治会へと話し合いに向かう事となる。
私達としてはようやく訪れた直接説明の機会となる。
そして、この後のマンションの自治会長らと話の中で、またもさきらの大嘘は明らかになる。(続く)