実録 026-METAL 日記後の四日間(その6)その5へ

丹野賢一
 
10月10日(日)、本番最終日。
朝からスタッフは準備を進める。
決して許す事の出来ない暴挙を行ったさきらのただ中にいるのに、私達は何故か非常に穏やかな気分であったように思う。
ようやく今日、初めて公演に集中する事が出来るからだろうか。
問題を忘却した訳ではないが、予定されていた公演を予定通りに行う。そんな当たり前の事に集中出来る事が本当に嬉しく思えた。
圧政からの一時の解放。
裏を返してみると、表現(作品の事だけではなく)が暴力的、強権的に封殺される事が、どんなに耐え難い屈辱と憤怒の感情を呼び起こしていたかが良くわかった。

やり残している事があった。
私達は、ここまで対外的に自身の声明を出していない。
毎日ギリギリまで交渉を続け正常な公演を行おうとしていて結論が決まらなかった事と、途中で今回の問題に於けるさきらの暴挙を公表した場合に、公演自体を潰されるのではとの危惧があったのがその主たる理由だった。

やや脱線するが、普段であれば前者は兎も角として、後者に関しては私の性格からして、問題視しなかったと思う。例え、公演が潰されたとしても。
昨日の強行突破の断念と重なるが、公演はいつも特別であるという以上に、今回の公演は特別だった。
容易くは代替えの機会を持てないであろう規模の企画であった事もそうだが、それ以上に今回はいつもの公演以上に多くの人が関わっており、その中には地元の人達を中心とした公募スタッフというNUMBERING MACHINEの関係者では無い人たちも多くいた事、そしてこの約30名近くの人間で正常な形での本番の実現を望んでいない者はいなかった。
「私」は、「全体との区分が無い私」だった。これは本番中の動きと音楽や照明との関係とも極めて近い。
私はこの時の選択を今でも妥協だとは思っていない。

とは言え、NUMBERING MACHINEの掲示板では、観客の方々からの情報開示の要求は寄せられているし、他サイトでも問題となって取り上げられている。ネット関係だけでなく、我々が知らない所でもそうであろう。
公式ページでの何らの発表も無いまま、中途半端な情報をNUMBERING MACHINEの制作スタッフが他サイトに書き込んでしまったという私達の失態もある。
遅いとは言え、何らかの私達側からの声明を「公演が終わる前」にHPに出すべきであろうと皆で話す。
これを公開する事で、またさきらから某かの圧力が掛かる事にやや不安はあったが、近隣を含め対外的に公演の実施をさきら側も明言している今日に関しては、決定的な暴挙は行われないであろうと判断し、私一人がHPの更新作業は出来ないさきらから一時宿舎に戻り、その文章作りを行う事にする。
演出としてはまだまだ作品の直しもしたかったし、出演者としてはからだ作りも早急にしたいのだが、これだけは最低限やりたかった。

宿舎から作った文章をHPの仮のアドレスに上げる。それを何名かのスタッフがさきらのロビーにある一般来訪者が使用するPCでチェックする。
因みにさきらの事務室には何台もPCがあり、LANが引かれているが私達は使えない。これは今回の問題が起きたからでは無く、そもそもセキュリティーの問題で外部者の使用は出来ないというものだ。
PHSの電波も微弱で、私達はさきらではネット環境は無いに近かった。
これまでの話し合いの中でも、我々は交渉に当たる人間と作品創りの人間で一杯どころか手が足らないのにも関わらず、さきら側は交渉(のふり)をしている職員とは別の複数の職員がこれらの環境や人力で暴挙に加担していた訳であるから、まるで竹槍で戦っていたようなものだ。

この頃であったと思う。
さきらのHPを見てみると、昨日まで「台風」「諸事情」と中止理由を書いていたページからは、それらの記載すら無くなっていた。
まるで、何も無かったのように。
そう彼等は対外的には極力何も無かった事にしたいのだ。

宿舎とさきらでのスタッフ間のやり取りを数度行い、下記の声明をNUMBERING MACHINEのHPのトップページに上げる。



昨日、10月9日の「026-METAL」は栗東芸術文化会館さきら側により中止させられました。
本日、10月10日の公演は予定通り行います。

我々としては、さきらが集めた公募スタッフも含めた全員が昨日(9日)の公演の実現を望み、ギリギリまで交渉を重ねましたが、それは拒絶されました。

さきら側が中止を強行した理由は、近隣のマンション住民から音がうるさいという苦情があったからというものです。
音量については、さきらの担当プロデューサーは我々の公演を何度も見ていますし、事前に必要な機材も提出していますから、想像が可能なものであり、さきらの了解も得た上で公演を決定しています。
さきら側は台風による中止と発表しましたが、これは全くの捏造であり、事実を隠蔽しようとする行為です。
たまたま接近していた台風を利用し、問題をうやむやにしようとしています。
事実、交渉の最中もすぐに台風の話題を持ち出し、議題をすりかえてきます。

10月8日の時点でさきらは、公演は10日のみにするという通達をしてきました。当然納得出来るものではありません。
この交渉がまだ纏まっていない時点で、さきら側はマンション住民に中止のビラを撒き、問合せをしてこられた観客の方にも中止と告げ、連絡可能な観客、関係者へ同様の電話をし、「8日、9日は台風の為中止」という看板を製作、さきら及び最寄り駅の栗東駅に掲示するという暴挙を行っていました。(看板は気付いた時点で撤去させました。)
開演時間が刻々と迫る中、8日の公演を何とか実現する為の交渉は続き、この日はリハーサルという名目で本番同様の公演をし、御来場してくださった方々に無料で見て頂くというのが精一杯でした。勿論我々としては本公演と何ら変わらない公演でした。

翌9日もギリギリまで交渉を続けましたが、この日の中止に関してはさきらは譲る事はありませんでした。
当日来る観客に対する責任は無いのか?という問いにも、イベントの中止などは良くある話なのだから、来てしまった人を帰すのは問題ないと言い出す始末です。
但し、さきらの中にも我々の公演をサポートして下さるスタッフは何人も存在しています。にも関わらず今回のような事態が招かれています。


マンションの管理組合の方とも話させて頂きましたが、彼等の方が寧ろ理解をしてくれました。しかし、住民に伝達してしまった事項を今から変える事は難しいという結論は翻りませんでした。
但し、我々の印象としては、マンションの住人の中にも公演を楽しみにしてくれている人も確実にいらっしゃいます。

この日の公演が難しくなった時点で、我々はさきらが募集した公募スタッフを含めたほぼ全員でミーティングを持ちました。
さきら側の了承を取らないゲリラ的な公演、例えば音楽や照明の電源を切られるような事態となったとしても、本日の公演を行なうべきではとの意見も出ましたし、私自身一時はその方向へ傾きもしました。
しかし、その場合もあらゆる実力行使は考えられ、公演は途中否開始早々中断させられる可能性は高く、またその事は今回の公募スタッフを含めた多くの人間が長期に関わった作品を、完全な形で見せる唯一の機会である10日という日を失う事を意味していました。
この時、我々は何らかの形でも9、10日の両日共に公演を行うという希望は閉ざされました。
全員がこの日の上演を希望しているにも関わらず、断腸の思いで本日の公演を諦めました。
我々の公演の為にお越し頂いた方々には、本来の開演時間であった19時30分から展示室にて説明の機会を設けさせて頂き、またライトアップした公演会場である野外美術装置内への入場もして頂き、観客を含めた話し合いの時間を作りました。

展示室での説明の際、以下の文を私から読み上げました。


丹野賢一/NUMBERING MACHINE + 石川雷太
さきら5thアニバーサリー『さきらフェスティバル』 地域滞在協働創造型プロジェクト
『026-METAL』 ご来場の皆様へ

本日10月9日の「026-METAL」は、さきら側により中止させられる事となりました。
我々としては、さきらが集めた公募スタッフも含めた全員でギリギリまで本日の公演のに実現に向け、努力とミーティングを重ねましたが、それは拒絶されました。

さきら側の了承を取らないゲリラ的な公演、例えば音楽や照明の電源を切られるような事態となったとしても、本日の公演を行なうべきではとの議論にもなりましたが、その事は今回の公募スタッフを含めた多くの人間が関わった作品を、完全な形で見せる唯一の機会である明日という日を失う事を意味します。断腸の思いで、本日の公演の可能性を破棄する事に致しました。明日、10月10日は予定通り公演を行ないます。

今日、我々の公演を期待してお越し頂いた方々には、本来の開演時間であった19時30分から展示室にて説明の機会を設けさせて頂き、また公演会場である野外美術装置内への入場もして頂きたいと考えております。

詳細は、その際に説明させて頂きます。
インターネットなどで情報が錯綜していますので、一点だけ話しますと、台風による中止という情報は、さきら側が捏造したものであり、実際には昨日も公演を行なっております。

2004年10月9日

丹野賢一

この文を書面にし、集まって頂いた方々にお渡ししようとすると、まずは文面にクレームが入り、挙げ句には書面を渡したならば、明日は中止させるとの意向を一方的にさきら側は伝えてきました。
対外的に台風による中止という言い分は譲れないという事と、8日が公演であるという表現は絶対に許さないという訳です。

情報を早急に開示出来ず、またさきらが交渉の裏で行っていた事の把握も不十分で、観客の方々に混乱や御迷惑をお掛けした事、お詫び致します。
またこの公式サイトに何ら情報を載せないのに、他のサイトに先に書き込みをしてしまうなど、我々のスタッフの不手際についても、重ねてお詫び致します。

お詫びをした上で、連日ギリギリ迄交渉を続けていて結論が中々出せなかった事、そして何より昨日までの段階で詳細を公開した場合、今日10日の公演を潰される危険が強くあった事をお伝えさせて頂きます。
観客の方々へ迅速な決定事項をお伝えする為に、結論を急ぐべきなのは重々承知しているのですが、丹野賢一/NUMBERING MACHINEのみならず、近隣及び近県からの公募スタッフも含めたこの企画、何とかギリギリまで公演の実現の為に動く事を私は選択致しました。

まだ、本日の本番が残っています。今我々はその事に力を傾けさせて頂きたく思っております。


2004年10月10日

丹野賢一


文章を作り終え、急いでさきらに戻り、本番に向けての準備を行う。
19時30分本番。100数十人の観客。

本番中も、さきらの事務室には苦情の電話は何本か鳴っていたらしい。
以前に「近隣からの苦情の対応がどんなに大変か、自分で確かめてみればいい。」と吐き捨てられていた事もあったし、対応も自らしたいとNUMBERING MACHINEのアーティストマネージャーである松本美波も事務室に赴いていた。
最初は「もう今日で終わりなんだからいい。」と、加わる事を拒んでいたさきらの職員を説得し、彼女も電話口に出る。
そこで聞いたさきらの職員の対応は、驚くほど誠意がないものであったらしい。
苦情の電話に対し、名前も名乗らず「後何分で終わりますから。」と返すだけ。しかも後何分という数字はその場を凌ぐだけに急遽設定した時間。
これでは、マンションの人達が怒るのも無理は無いと彼女は思ったそうだ。
人にもよるだろうが、松本が電話に出て名前を名乗り、遜った上で、丁寧に説明し、時間も「○時位の終了を予定していますが、若干伸びる可能性はあります。その場合でも○時を過ぎる事はありません。」と話せば、大概分かってくれるというのだ。
結局さきらは、近隣住民にもアーティスト側にも、誠意の無いその場凌ぎの対応を積み重ねる事で、結果的に嘘を並べ、どんどんと自分達の首を絞めていっているのだ。
私達の公演以前にも、トラブルはあったと聞く。そしてそれはこのような酷い対応の中で、より近隣住民の感情を悪化させていっていたのではと感じる。
説明や話を一切聞かない、関係しようとしないのは、住民では無く、さきらあなた方ではないのか。

20時30分過ぎ。約1時間の公演は終了。
終演後も大勢の観客の方達が、会場である野外金属装置内に残って、装置を見て回ったり、公演中の出来事や仕掛けに関して話してくれている。
子供達は落ちたチェーンの切れ端などを、嬉しそうに拾っていく。
この中の一人の子供は、この後約一週間続く撤収作業も何度も見に来ていた。
そして、撤収作業も終わった日、私達が帰ろうとする車の所まで彼はやってきた。車の中から、何かプレゼントとをチェーンとチェーンを繋ぐ部材を探し出し渡す。握手してお別れ。
車を発進させると、走り去る私達の車を彼は小さな自転車で全速力で追って来ていた。まるで見た事も無いのに誰もが知っている有名映画のようなシーンだった。
彼も近隣住民だ。

NUMBERING MACHINEのHPの掲示板には公演翌日書き込みがあった。

栗東さきら周辺マンション住人のPECKERです。
一ヶ月前からワクワクしていました。
それが、本日、はじめてHPを知ったのですが、栗東さきら周辺住民の苦情により大変なことになっていたのですね。何も知らず、すみませんでした。
この一ヶ月、毎朝、今日はどう変わったかな?とベランダから会場を見下ろし、休みになると子どもを連れてフェンスから中を覗いていました。音響入りのリハーサルが始まった時は、本当に興奮しました。
10日の本番は、ベランダからビデオ越しにしっかり楽しませてもらいました。でも、会場に参加すれば良かったと後悔しています。ベランダからでは、クライマックスなど見れませんでしたので。。。
今日も、撤収されている横で子どもとボールで遊んでました。
栗東にはイヤな思い出しか残らなかったかも知れませんが、栗東にも、応援し感動した人はたくさんいたはずです。PECKERは『026−METAL』のことを忘れません!栗東での公演、ありがとうございました。

嬉しい書き込みだった。
そして、PECKERさんは当然近隣住民だ。

マンションの自治会長氏からも、後日非常に丁寧なメールを頂いた。
公演の評価もしてくれた上で、地元の状況を踏まえた提言をしてくれている。
彼も当然近隣住民だ。

公演の作品内容に対する近隣の方々から以外の反響としても、私の20年間の舞台活動の中でも稀有な程のものあった。
今言いたいのは手柄話では無い。
何故、この共感や反響をさきらは共有出来なかったという事だ。
作品の制作依頼をし、共に創造をしようとした立場であった筈なのに。
音量に関する苦情は確かにあった。しかし上記のような反応があったのも事実なのだ。
改めて確認しておくが、音量に関する点は、何ヶ月も前から話した上で、担当プロデューサーの山本達也氏は了解しGOサインを出していたし、それどころか「苦情が来る事は寧ろ歓迎な位である」とマスコミに向かって豪語していたのだ。
まして、私達との話し合いを装って、その裏では同時進行で対外的に中止発表をするという騙し討ちを行い、且つ近隣住民以外の観客に向けてはその理由を台風であると偽るなどの行為は、どう考えても許される類いのものではない。

約束されていた照明機材の量を一方的に減らされる、野外で使用するのがわかっていて使用を了解した機材の使い方に突然非現実的な難題を突き付けてくる、設営中にさきら側が用意したフェンスが、さきら側の発注のまずさで台風(本番期間以前の台風)により倒れると、それを高圧的に私達に部材は無いのか!と言ってくる事…
さきらへの不信感はまだまだある。
共通しているのは、彼等は決して謝らない事、自分達の責任を認めないという事だ。
彼等はアートを創造する事より、何事も無い事を望んでいるとしか考えられない。
特に上役の人々には顕著で、彼等はたまたま移動で配置されただけの人物でアートになど関心は全く無いと感じる。
アートに関心の無い、関心を持つつもりの無い人間が、その立場を使いこうした暴挙を行う事は、殺人行為に等しい。

私達に落ち度は無かったか?そうも考えはする。

しかし、今回起きた音量に対しての苦情や、上で少しだけ触れた機材の問題などは、全て懸念材料として上げ、事前に私達が彼等に確認を取っていた事ばかりだ。
とすれば、人を信用した事がまずいという、酷く悲しい反省材料が出てくるばかりだ。
この所、名古屋市文化振興事業団が燐光群の公演の共催を一方的に取り消したり、また岡山県高梁市でもある音楽の企画が本番前日一方的に中止させられるなどの、公共ホールの理不尽な行動を聞く事が多い。
公共ホール側が、出演料や作品の制作費を払ったからといって問題は看過されるものではない。

現在の私達の指針と方向は「2004年12月22日、アサヒビール本部ビル3階・大会議室で行われた「METAL MEETING Vol.2」で参加者の皆様にお渡しした「当日パンフレットに寄せた挨拶文」を参照して欲しい。
失われた公演は決してもう戻る事は無い。
しかし私はこのような屈辱を次のアートを創る人達が受けない事、アートの観客が理不尽な思いをしない事、アートを取り巻く環境が一歩でも進展する事、この問題があった事を単にダメージとしてだけにせずプラスの面へもしていく事を希望し、しつこく語り、行動し、戦う。特効薬や速効性のある薬はなくとも。