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リアル壁破壊レポート
2004年7月21日 当HP掲示板寄稿
高橋大助

PHOTO/ji:na
016-WALLsp PHOTO  そもそもそこは、隣接する甚九郎稲荷に守られ、時を止めた空間だった。70年代を代表するアイドルたちの色褪せた笑顔やら借金の覚え書き(○○に一万、××に三万・・)やらが壁を飾っていたらしい。商店街に勤める若者たちが四人ひと組で使用していた部屋の広さは今日のワンルームくらいだろうか。その部屋を四つ貫いて劇場にしようという計画で解体屋の代わりにアーチストが呼ばれた。丹野賢一/NUMBEING MACHINE・・・高々と積み上げたブロックを倒し続ける彼の公演をビデオで見た主催者の一人であったKさんの、この人なら、というラブコールに丹野賢一は応えた。

ヘルメットにゴーグル、マスクを義務づけられ、保険加入を勧められた観客は、それでも、これも趣向の一つだろうと、多寡を括らないでもなかった。
しかし、NUMBERING MACHINE の公演記録を写しだしていた正面の壁が、ドスッという鈍く大きな音がして、一瞬、膨らんだのを目撃すると、狭い部屋の中で体を寄せ合う観客に緊張が走る。
壁の向こうに奴がいる。続く一撃で、モルタルの破片が飛び散ったとき、客席からリアルな悲鳴を上がった。
次はどこだ?見えないことが、こんなにも怖い。まるで天誅を恐るるが如く、息をひそめる。
そんな様子を知ってか知らずか、隣りの住人は次々と壁にハンマーを打ち付け、その度にモルタルの破片が襲ってくる。
次第に壁の真ん中に大穴が開き、ピンクの特製ハンマーを持った荒神がその姿を現わした。
ひとしきりハンマーを振り回し、壁を壊した彼は、身を固くした観客を押しのけるようにして助走をつけ、崩れかかった壁に体をぶつける。壁が撓る。だが壁は倒れない。木材のしなやかさは、激突壁男の衝撃を吸収してしまうのだ。
幾度となく試みても、弄び、あざ笑うかのように、壁は男を突き返す。
誰もが「木」の強さに目を見張り始めたとき、男の背中が壁を突き抜けた。次の間に仰向けに倒れたかれは衝撃でしばらく起きあがれない。それでも這うようにして次の壁へとにじり寄り、男は再び手にしたピンクのハンマーをうち下ろす。ボコッと鈍い音がして、一筋の光が差し込んできた。
それはまさに〈解放〉だった。
多くの観客は悟ったはずだ。いまここが特別な時空間となったことを。
・・・やがて、瓦礫がピンクに染まる。その光景はまさに、激突男の暴力の痕跡に他ならないのだが、しかし、空間が息づいているようにも見えた。ピンクのハンマーは得体の知れない生物を生み出したのだ。

壊されたのは昭和35年竣工の木造モルタル三階建ての間仕切り壁だが、それは単なる破壊ではなかった。住まいとして定められた空間がパフォーミングアーツを迎え入れる場所へと変容したのであり、観客はその瞬間に立ち会ったのだ。蛹の羽化にでも喩えたくなる出来事だった。そう、あれは公演というより、出来事だった。こののち、あの場所がアートを生み、育み、発するたびに語り継がれる〈始り〉という出来事だった。しかし、それは神話ではない。観客の最後の一人が世界から消えるまでは、確かに起こったリアルな出来事であり続けるのだ。

丹野賢一は、岡山で本物の「壁」を壊した。しかし、本当に壊れたのはジャンルを隔てる「壁」だった。アーチストが解体屋になっただけではない。アートと解体を横断させた聖なるピンクハンマーは地元の金物屋による特別製。仕込みの間、しばしば不意に登場して的確なアドバイスをしていったのは、商店街の電気工事屋。かれらの技術や視点が今回のアートな出来事を可能にした側面をこそ無視できない。・・・岡山はヤバいことになっている。そう実感した。


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丹野賢一/NUMBERING MACHINE:mail@numberingmachine.com
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